Ume’s Short Stories:15
サイレン
小学3年生のヨシオは、いつもクラスメートと元気に遊んでいましたが、なにかというと、
「タカシなんかキライだ!」とか「もうヒロシなんかと遊ばないぞ」などと怒って家に帰って来ます。
するとヨシオのお母さんは
「あらあら、また明日になったら今日の事なんか忘れて一緒に遊ぶのに。いつも近くに遊べる仲間がいるなんて、幸せなことなのよ」
でもヨシオはこう言い返します。
「だって、サッカーへたくそだとか、文句ばっかり言うんだもん。みんな僕の言うこと聞いてくれないんだもん。授業中に先生に指されて、答えを間違うとすぐに、バーカバーカって言うし」
ヨシオは帰ってきてからずっとそんなことばかり言っています。お父さんが帰ってきてからも言っています。
お父さんはあきれた顔をして言いました。
「ちょっと人に何か言われたくらいでいちいち気にする必要は無いんだぞ。さっきお母さんの言ったとおり、一緒に遊んでくれるだけ、ヨシオは幸せなんだからな。遊べるうちに遊んでおくんだぞ。実はな、父さんの仕事の関係で、もうすぐ引越さなければならなくなったんだ。だから、今の友だちとは会えなくなっちゃうんだぞ」
「ええっ」
ヨシオは、タカシやヒロシと、もうサッカーをして遊んだりすることができなくなると知ってさびしくなりましたが、見栄を張って
「ああ、それじゃあもうあいつらと毎日ケンカしなくてもすむな。転校した学校で新しい友だちでも作ろうっと」などと言いました。
転校生になるのは初めてだったので最初は不安な気持ちでいっぱいだったのですが、新しい学校の担任の先生は優しそうだし、クラスメートはみんな親切なのでヨシオはすぐにクラスに溶け込むことができました。
新しい仲間に慣れてきたある日の算数の時間、先生がクラスの一人の子に、前に出て黒板に答えを書くように言いました。その子はいっしょうけんめい答えを書いたのですが、正解ではありませんでした。
ヨシオは
「バカだなあ」
と、ほんの軽い気持ちで言ってしまいました。すると、クラスの全員の目がヨシオをじろっと見ました。先生も初めて見る怖い顔で、じーっと見ています。
ヨシオは、前の学校でさんざん言われてイヤでイヤでたまらなかったことを自分が言ってしまったことに気づいてすぐに立ち上がって、
「ごめんなさい!」
と大きな声であやまりました。心の中では、
本気でバカにしたんじゃないんだよお、わかってくれよお
と叫んでいました。
「はい、わかりました。もう座っていいですよ」
もとの優しい表情に戻った先生はヨシオにそう言うと、黒板に書かれた式を眺めて、みんなに言いました。
「さて、それではどこで間違えてしまったのか、どうすれば正しい答えがでてくるのか、みんなで考えてみましょうね」
クラスのみんなも、何事も無かったかのように顔を黒板に戻しました。
ヨシオはほっとしました。ここはもう、前の学校とは違うんだ。前みたいに好き勝手に思ったことをずけずけ言ったりはできないんだ。みんな優しくしてくれるんだから、僕もみんなに優しくしなくちゃ。ヨシオはそう心に決めました。
でもヨシオはときどき、前の学校のタカシやヒロシと、言いたいことを遠慮なくとことん言い争ったり、つまらないことでとっくみあいのケンカになったときのことをなつかしく感じるのでした。
タカシたちとサッカーするのも楽しかったな。最後に遊んだのはいつだっけな・・
でもなぜか、それがいつなのかが全く思い出せません。なぜでしょう。
そんなことよりも、新しい学校には嬉しいことがありました。
それは、「ゲーム」の授業があったことです。その時間になると、黒板全部がゲーム画面になって、机についているコントローラーでみんなが一度に遊べるのです。
内容は戦争で、ミサイルを操作して敵の基地や戦車、飛行機などに当てて破壊するものでした。
ゲームが始まると、みんなは真剣にコントローラーを操作します。それでも一人また一人と敵の攻撃にやられていきます。必死に最後まで生き残ろうとする生徒たちの手もと、まなざしを先生はじっと見ています。最後にマサオくんが一人残り、優勝者に決まると、クラスのみんなは拍手をしました。
ヨシオはこういうゲームは得意だったけれども、今までやったどのゲームよりも難しく、みんなも上手なので高得点が出せませんでした。
ヨシオはマサオくんがうらやましくて仕方ありませんでした。
こんなに大勢いっぺんにゲームをやって一番になれたら嬉しいだろうなあ
自分だったら飛び上がって喜ぶだろうなあ
でも、一番になったマサオくんは嬉しそうな顔をしているものの、落ち着いた様子です。
おかしいな、あんまり嬉しくないのかな?
そのわけはしばらくたってからわかりました。
何日かたったある日の休み時間に、校庭でクラスメートたちとドッジボールをしていると
ウォーン、ウォーン
と、耳が壊れてしまうかと思うくらいの、今まで聞いたことも無いサイレンが学校じゅうに響き渡りました。きっと街じゅうにも響いているでしょう。とても大きくて、イヤな音のサイレンです。
「なんだろう、このサイレンは」
ヨシオが聞くと、クラスメートの一人が不思議そうな顔をして言いました。
「え、このサイレン、ヨシオは聞いたことが無いのかい?うそだろう?戦争だよ、戦争。また敵のやつらがこの国に攻めてきたんだよ。でもきっと海岸だからこの学校からはずっと遠くだけどね。さ、早く教室に戻ろう」
ヨシオは何が何だかわからないまま、みんなと同じように教室に入って行きました。
みんなが席につくと、先生がまじめな顔をして言いました。
「敵の、わが国への侵攻がまた確認されました」
黒板には地図が映っていて、何ヶ所か海岸沿いの地点が点滅しています。
「現在、この敵の上陸地点に応援部隊を各地から送っているところです。そして、私たちの地区からも送ることになりました」
そして先生は、一呼吸おいてから言いました。
「それでは、マサオくん、前に出てください」
マサオくんは今まで見たことの無いほどまじめな顔をして前に出て、先生の隣りに立ちました。
「マサオくん、ゲームの授業できたえた腕前を前線に行っても忘れずに、敵をたくさんやっつけてくださいね」
「はい!」とマサオくんは力強く返事をしました。
窓の外でバラバラという音がだんだん大きくなってきました。
ヨシオが、何だろうと外を見ると、校庭に大きなヘリコプターが着陸するところでした。
そして、クラスメート一人一人と握手をしたマサオくんは最後に、
「行ってきます!」と力強く言うと教室を出て行きました。
そうです、各クラスからゲームの優勝者が集められ、ヘリコプターで前線に送られるのです。
現代の戦争は、訓練された大人よりも反射神経の優れた、ゲームの上手な子どもが敵のそばまで運ばれて武器を操作するのです。もちろん、一瞬でもミスをすれば結果は単なるゲームオーバーではなくて「死」です。でもみんな、愛する国のために戦うのです。
選ばれた人は文句も言わずに戦場へ向かいます。そして、行ったきり二度と戻ってこない人もたくさんいます。だから、いつまで一緒に勉強したり、遊んだりできるかわからないから、みんな仲良く毎日を過ごしているのです。
ヨシオはようやくわかってきました。そして、ヨシオもみんなと仲良く毎日を過ごしました。
でも、ヨシオは疑問に思いました。もし戦場に行くことを断ったらどうなるんだろう?
ヨシオはそれとなくクラスメートに聞いてみました。
「え、選ばれたのに行きたくない、って言ったらどうなるか?うーん、今までそんな人いなかったからわからないや。たぶん、断ったりしたら新型化学兵器の研究所に送られるんじゃないかな。人体実験用にね。人間だけを殺すことが出来る化学兵器を開発するっていう噂があるんだよ。もしそれができれば、空から敵にまけばあっと言う間に勝てるからね」
ヨシオはゲーム以外でも前の学校の授業と違うことに気づきました。
国語や算数はちょっと難しくなったくらいであまり変わらなかったのだけれども、社会の授業がだいぶ違っていました。
今、戦争が続いている国とこの国が、どれだけ昔から仲が悪かったか、どんなにひどい攻撃を受けてきたかをじっくりと教え込まれるのです。そのときの先生の顔も「まったく、あの国のやつら、絶対に許さないぞ」と言わんばかりの恐い表情です。
クラスメートたちも同じように恐い顔で「あんなやつら、やっつけてやる」と今にも言いそうでした。
そういう授業を何回も何回も受けているうちに、ヨシオも「早くゲームが上手になってナンバーワンに選ばれないかな、そうすれば前線に行って敵をいっぱいやっつけてやるのに」などと思うようになりました。敵を憎む気持ちのせいか、ヨシオはゲームの腕をめきめきと上げていき、ついにナンバーワンに選ばれる日が来ました。
いつでも前線に送ってください、という気持ちでわくわくしながら毎日を過ごしているとほどなくして、敵の侵攻の知らせが届きました。今までと同じように、先生の言葉とみんなの握手に送られて、ヘリコプターで前線に運ばれて行きました。
出発のときは張り切っていたヨシオも、いざ戦場に着いてみると、足はガクガク、手はブルブルと震えてしまいました。
ヘリコプターが着陸する前に、それまで隣りを飛んでいた、別の街の学校から選ばれた生徒たちを乗せたヘリコプターが敵のミサイルに当たって墜落してしまったのです。それに、着陸してみたらすぐ近くまで飛んでくる大砲のものすごい音がしたり、さっきまできびきびと走り回って命令をしていた兵隊さんがその大砲にやられて、体がバラバラになってしまったのをすぐそばで見てしまったからです。
しかも、他の兵隊さんたちが、ヨシオが前に住んでいた街が攻撃を受けて全滅してしまった、と話していたのです。ヨシオが知っているクラスメートやタカシやヒロシ、それにもちろんお父さん、お母さんももう死んでいるかもしれません。死んでしまっていたら、もう二度と会えないのです。ヨシオはそれを思うと、突然泣き出しそうになってしまいました。
「さあ、早くあそこでミサイルをコントロールしてくれ」
別の兵隊さんがヨシオに、十歩くらい先にある、穴が掘ってあってそのまわりに土のうが積んである場所を指差します。穴には、小さいけれど大きな破壊力を持ったミサイルがいくつも積んである発射装置とコントローラーがあります。
ヨシオは、機関銃や大砲の破裂する音や、敵の弾に当たった人の叫び声を聞いているうちに、あとほんの十歩すらも歩けなくなってしまいました。
兵隊さんが叫びます。
「せっかく一生懸命練習して上手にミサイルを飛ばせるようになったんじゃないか。頼む、早くキミの操縦で敵をたくさんやっつけてくれ」
「でも、でも」
ヨシオはもう泣きそうです。鼻水も出てきました。
「おかあさ・・」
「ばか!」
兵隊さんがヨシオのほっぺたを、バチンっ、と強く叩きました。
兵隊さんは厳しい口調で言いました。
「おかあさん、おとうさん、学校のみんな、キミの国のみんなを救うためにキミはここへ来たんじゃないか。泣いていないで早くあそこまで行くん・・」
兵隊さんは言い終わらないうちにおでこから血を流して倒れてしまいました。敵の機関銃に打たれたのです。もうピクリとも動きません。
「あ・・」
するとその兵隊さんのそばに、ちぎれたコントローラーを持ったちぎれた手と、ヨシオの学校と同じ名札が落ちていました。かがんでよく見てみると、マサオくんの名札でした。
くそ、敵にやられてたんだな
兵隊さんにぶたれて涙が止まったヨシオは、素早く穴まで走って行き、習った通りにミサイル発射装置を操作しました。ミサイルを発射して、画面をよく見ながらコントローラーで敵の基地に命中させようと、死んだマサオくんのため、叩いて目をさまさせてくれた兵隊さんのため、タカシやヒロシ、そのほかたくさんの友だちのため、そして、お父さん、お母さんのためにがんばって何台もの戦車や何人もの兵隊をやっつけました。
あとは敵のミサイル発射装置を破壊するだけです。しかし、あとほんの少しでヨシオのコントロールするミサイルが敵の発射装置に命中する、というところで、ヨシオのすぐそばで大きな爆発が起きました。敵もヨシオを狙っていたのです。
「ウワーッ」
ヨシオは吹っ飛び、地面に叩きつけられ、ごろごろと転がりました。
気がつくと、ヨシオは学校の校庭であおむけになっていました。
なつかしいタカシの顔がヨシオを見下ろしていました。
「おい、大丈夫か?」
隣りで立ち上がったヒロシも心配そうにヨシオの顔をのぞきこんでいます。
ヨシオは、二人が生きているので驚いて起き上がりました。
「タカシ、ヒロシ・・・」
「何だ、ヨシオのやつ、ピンピンしてるじゃないか」
ヨシオは何が何だかわけがわからなかったけれども、タカシやヒロシがそばにいてくれるだけで嬉しくて、涙が出てきてしまいました。
ヒロシが言いました。
「ヘディングしようとしてぶつかっちゃったね。僕は大丈夫だったけど、ヨシオ、倒れて目つぶったまんまだったから心配したよ。でも気がついてよかったよ」
そうか、とヨシオは思い出しました。さっきまでタカシやヒロシたちとサッカーをしていたんだっけ。それで、ボールを追いかけていたらヒロシと思いきりぶつかったんだ。
でも・・・。ヨシオは、気を失っていたほんのちょっとの間に見た、長い長い夢のことを思い出していました。本当にあんな世界になったら大変だな、夢でよかったよ、とつくづく思いました。
それからヨシオは、サッカーをしていてヘマをしたり、授業で指されて答えを間違ってタカシたちに何か言われても、何とも思わなくなりました。みんな本気で、意地悪で言っているわけではないことがわかったからです。それに、倒れたヨシオを、タカシとヒロシが本気で心配してくれていたのがわかったからです。
その夜、ヨシオは晩ごはんを食べながら、サッカーで倒れたときに見た、長い長い夢の話をお父さん、お母さんにしました。
お父さんは、引越しのことをヨシオが話したときに笑ってこう言いました。
「おいおい、うちは引越しなんか当分しないぞ。今の仕事場はここから十分通える場所にあるからな」
お母さんも笑って言いました。
「そうよ、せっかく苦労して手に入れたおうちですものね、お父さん」
「そうだな、その苦労はしばらく続くけどな」
二人、目を見合わせて笑っていました。
でも、ヨシオが、聞いたことも無いサイレンの音や、ゲームの授業の話をすると、不思議そうな顔をして聞いていました。
次の日の休み時間、ヨシオはタカシやヒロシたちと元気にサッカーをして遊んでいました。
ヨシオがヒロシからパスを上手に受けて、ゴールに思い切り蹴ろうとしたそのとき、
ウォーン、ウォーン
と、耳が壊れてしまうかと思うくらいの、あの夢でしか聞いたことの無いサイレンが学校中に響き渡りました。きっと街じゅうにも響いているでしょう。とても大きくて、イヤな音のサイレンでした。
このコーナーの最初に戻ります